シリーズ第1回では、医事会計からオーダリングまで、電子カルテ以前の病院情報システムの歩みをたどりました。第2回となる本記事では、1999年に診療録の電子保存が正式に認められた「電子カルテ元年」から、電子カルテが一般病院の過半数に普及する2010年代までを扱います。制度、技術、そして病院の現場がどのように動いて電子カルテが定着していったのかを整理します。
なお、本稿で示す普及率などの数値は厚生労働省の医療施設調査など公表資料に基づく概数です。最新の値や詳細な内訳は、必ず一次資料で確認してください。
1999年「電子カルテ元年」:電子保存の三原則
1999年4月、厚生省(当時)は「診療録等の電子媒体による保存について」という通知を発出し、一定の条件を満たせば診療録を電子媒体で保存してよいことを正式に認めました。この通知が示した条件が、今日まで受け継がれる「電子保存の三原則」です。すなわち、記録が改ざんされていないことを保証する「真正性」、必要なときに内容を読める状態で表示・出力できる「見読性」、そして法定の保存期間にわたって記録を保持できる「保存性」の3つです。
この通知の意義は、法的な不確実性を取り除いたことにあります。それまで病院は、電子的に記録を作成しても紙に印刷して保管せざるを得ませんでした。通知によって「紙を持たない病院」が法的に可能になり、ベンダーは電子カルテ製品を、病院は電子カルテ導入を、それぞれ本格的に検討し始めます。この年が「電子カルテ元年」と呼ばれるのは、こうした転換点だったからです。
実際には、通知に先立って先進的な取り組みも存在しました。千葉県の亀田総合病院が1995年に自院開発の電子カルテを稼働させた事例は、日本初の本格的な電子カルテとしてよく知られています。しかし、こうした先行事例は例外的であり、多くの病院が電子カルテを現実の選択肢として捉えるようになったのは、やはり1999年の通知以降でした。
- 1999年4月 厚生省通知で診療録の電子保存を正式に容認
- 電子保存の三原則:真正性・見読性・保存性
- 紙を持たない病院が法的に可能になり、市場が動き始める
- 1995年 亀田総合病院の自院開発電子カルテが先行事例
2001年グランドデザイン:国が掲げた普及目標
2001年12月、厚生労働省は「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」を策定し、電子カルテの普及について具体的な数値目標を掲げました。2006年度までに、400床以上の病院の6割以上、全診療所の6割以上に電子カルテを普及させるというものです。国が電子カルテを医療政策の柱として明示したのはこれが初めてで、以後の補助金や診療報酬上の措置の起点となりました。
しかし、この目標は達成されませんでした。2000年代半ばの電子カルテ普及率は、病院全体で1割程度にとどまっていました。原因としては、導入費用の高さ、医師の入力負担への懸念、ベンダーごとに異なる仕様と相互運用性の欠如、そして費用に見合う効果が病院経営の観点から見えにくかったことが挙げられます。目標の未達は、電子カルテの普及が単なる技術の問題ではなく、費用負担とインセンティブの設計の問題であることを浮き彫りにしました。
一方で、この時期に整備された関連制度は着実に基盤を築きました。2002年には診療録の外部保存に関する通知が出され、2005年にはe-文書法の施行によって紙の書類をスキャンして電子保存することが可能になりました。同じ2005年には「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の第1版が策定され、電子保存の三原則を実務に落とし込むための具体的な要件が示されました。
- 2001年 グランドデザイン:2006年度までに400床以上病院・診療所の6割へ
- 目標は未達。2000年代半ばの普及率は病院全体で1割程度
- 費用・入力負担・相互運用性の欠如・効果の見えにくさが障壁
- 2002年 外部保存通知、2005年 e-文書法・安全管理ガイドライン第1版
DPCとレセプト電算化:データが病院経営を変えた
2003年、特定機能病院を対象にDPC/PDPS(診断群分類に基づく1日あたり包括払い)が導入されました。DPCでは、診断群分類ごとに定められた包括点数で入院医療が支払われるため、病院は自院の診療内容を診断群分類ごとに把握し、在院日数や医療資源の投入量を管理する必要に直面します。さらにDPC対象病院は、診療実績データ(様式1、EFファイルなど)を国に提出することが義務づけられました。
このデータ提出義務は、病院情報システムのあり方を大きく変えました。DPCデータを正確に作成するには、病名、手術、処置、投薬などの情報が電子的に、かつ構造化された形で記録されている必要があります。DPC対象病院の拡大に伴い、電子カルテやオーダリングによるデータの構造化は、経営上の必須要件となっていきました。DPCデータを分析して経営改善に活かす「DPC分析」という実務が生まれたのもこの時期です。
並行して、レセプトの電子化も進みました。2006年の厚生労働省令により、2011年度までにレセプトのオンライン請求を原則義務化する方針が示され、紙のレセプトは急速に姿を消していきます。レセプト電算処理システム(レセ電)の普及により、医事会計システムと電子カルテ・オーダリングの連携はいっそう密接になり、診療行為の入力が即座に請求データに反映される仕組みが標準となりました。
- 2003年 DPC導入。診療実績データの提出義務が構造化記録を促す
- DPC分析という経営実務が生まれ、データ活用が経営課題に
- 2006年 レセプトオンライン請求の原則義務化方針 → 2011年度までに移行
- 診療入力が即時に請求へ反映される仕組みが標準化
標準化への取り組み:SS-MIXと交換規約
電子カルテの普及が進むにつれ、ベンダーごとにデータの形式が異なり、病院間や部門間で情報を交換できないという課題が顕在化しました。この課題に対して、2006年に厚生労働省の電子的診療情報交換推進事業として「SS-MIX(Standardized Structured Medical Information eXchange)」が始まり、患者基本情報、処方、検査結果などを標準的なフォルダ構造とHL7形式で出力・保管する仕様が整備されました。2012年には後継のSS-MIX2に発展しています。
SS-MIXは、電子カルテのベンダーを問わず共通の形式でデータを取り出せる「標準化ストレージ」として、地域医療連携やデータの二次利用、システム更新時の移行の基盤として活用されてきました。ただし、対象とするデータ項目が限られていることや、実装の詳細がベンダーによって異なることから、完全な相互運用性を実現するには至りませんでした。この限界が、2020年代のHL7 FHIRによる標準化へとつながっていきます。
また、医療情報の交換規約としては、検査や処方などのメッセージ交換にHL7 v2が、画像にはDICOMが用いられ、日本独自のコード体系としてJLAC10(臨床検査)、HOT(医薬品)、ICD-10に基づく病名マスターなどの標準マスターが整備されていきました。厚生労働省は2010年から「厚生労働省標準規格」として、これらの規格を順次認定しています。標準化は地味な作業ですが、その積み重ねが後の情報連携の土台となりました。
- 2006年 SS-MIX、2012年 SS-MIX2:ベンダー横断の標準化ストレージ
- HL7 v2、DICOM、JLAC10、HOT、病名マスターなどの標準規格・マスター整備
- 2010年〜 厚生労働省標準規格の認定制度
- 限界が2020年代のHL7 FHIRによる標準化へつながる
2010年代:普及の加速、地域連携、そして震災の教訓
2010年代に入ると、電子カルテの普及は着実に加速します。厚生労働省の医療施設調査によれば、一般病院の電子カルテ普及率は2008年の約14%から、2011年に約22%、2014年に約34%、2017年に約47%、そして2020年には約57%と、過半数に達しました。とくに400床以上の大病院では2020年時点で9割を超え、大病院における電子カルテはほぼ標準装備となりました。一方、200床未満の中小病院では普及が遅れ、規模による格差が明確になりました。
この時期には、地域の医療機関が患者情報を共有する「地域医療連携ネットワーク」も各地で構築されました。長崎県の「あじさいネット」(2004年開始)などの先行事例に続き、2010年代には国の補助を受けて多くの地域でネットワークが整備され、SS-MIX2ストレージを介した診療情報の共有が行われるようになりました。ただし、参加施設や利用患者数の伸び悩み、運営費用の確保といった課題も明らかになっています。
2011年3月の東日本大震災は、病院情報システムに重い教訓を残しました。津波によってサーバも紙のカルテも失った医療機関が多数あり、診療情報のバックアップと事業継続計画(BCP)の重要性が痛感されました。この経験は、院外のデータセンターへのバックアップや、クラウド型システムへの関心を高める契機となりました。2010年に外部保存に関する通知が改正され、民間事業者のデータセンターへの保存が認められていたことも、クラウド化の制度的な後押しとなりました。
- 一般病院の電子カルテ普及率:2008年 約14% → 2020年 約57%(400床以上は9割超)
- 200床未満の中小病院では普及が遅れ、規模格差が顕在化
- 地域医療連携ネットワークの全国展開と運営課題
- 2011年 東日本大震災 → バックアップ・BCP・クラウドへの関心が高まる
電子カルテ普及期に形づくられた課題
2010年代末までに、電子カルテは大病院ではほぼ当然の存在になりました。しかし、普及の過程で新たな課題も形づくられています。第一に、ベンダーロックインです。電子カルテは部門システムと密接に結合しており、更新時に他社製品へ移行するにはデータ移行と再接続に多大な費用がかかるため、同一ベンダーでの更新が続く構造が生まれました。
第二に、記録負担の増大です。電子カルテは情報の共有と検索を容易にした一方、診療報酬の算定要件や各種の評価項目を満たすための入力が増え、医師や看護師が画面に向かう時間が長くなりました。「患者ではなくパソコンを見ている」という批判は、この時期に広く聞かれるようになりました。第三に、蓄積されたデータが十分に活用されていないという問題です。膨大な記録がありながら、それを診療や経営の改善に還元する仕組みは限られていました。
これらの課題、すなわちロックインと標準化の遅れ、記録負担、データ活用の不足は、2018年以降の医療DX政策と、AIを組み込んだ次世代の電子カルテが取り組もうとしているテーマそのものです。シリーズ最終回となる第3回では、医療DXの工程表、標準化と全国医療情報プラットフォーム、サイバーセキュリティ、そしてAIネイティブな電子カルテへの展開を解説します。
- ベンダーロックイン:部門システムとの密結合が移行コストを押し上げる
- 記録負担の増大:算定要件・評価項目のための入力が現場を圧迫
- データ活用の不足:蓄積はされるが還元されない
- これらが医療DXとAIネイティブ電子カルテの課題設定に